事務局雑記帳
 
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流氷と環境 - 2008/04/09(Wed)  

 2007年度も終わり、いよいよ2008年度が始まった。昨年度は網走支庁と連携し、「流氷を守ろう!」を合言葉に宿泊施設などの冷暖房温度を抑える「オホーツク流氷トラスト運動」を展開してきた。流氷は言うまでもなくオホーツクが世界に誇る第一級の観光資源であり、冬季オホーツク観光の主役でもある。これまであたり前のようにやってきた流氷であるが、平成元年あたりから徐々に減少し、ここ数年はほとんど申し訳程度の量しかやってこなくなった。実は30年以上も前から、流氷や地球環境を研究する多くの学者が、急速な地球温暖化を予測し、温暖化が引き起こす様々な影響を危惧し、警鐘を鳴らしていた。考えてみればそのとおりになってきただけの話なのだが、人類の危機感や関心度合いは薄かった。ところがアメリカ元副大統領アル・ゴアさんの映画「不都合な真実」が公開されるや一気に関心は高まった。温暖化によって地球上で今何が起こり、このままでは今後どうなるのかが実際の映像を見ることで現実のこととして考えられるようになったからだ。7月には洞爺湖で環境をテーマにしたサミットが開催される。各国首脳にはこの機会に是非とも地球上の奇跡あるいは地球環境のシグナルといわれる「流氷」の存在や、地道ではあるが地域一丸となった温暖化防止の取り組みについても知ってもらいたいものだ。4月今日現在、砂浜にいくつもの流氷が取り残されているが、そのほとんどは黒く砂まみれになっていて、どこか痛々しく見えるのは自分だけだろうか。


フォスベリーチャレンジ - 2007/11/24(Sat)  

 ディック・フォスベリーという人物をご存知だろうか?彼の名前は知らなくても走り高跳び競技の「背面跳び」を知らない人はいないだろう。フォスベリーは、当時、力学的にも最も高く跳べる跳躍法として主流だった「ベリーロール」が習得できず、最初に覚えた初歩的な「はさみ跳び」にこだわり続け、「不恰好でこっけいな跳び方」と周りに嘲笑されながらも自分に合った跳び方を追求。そして、徐々に「背面跳び」を完成させ、ついには1968年のメキシコオリンピックで金メダルを獲得したアメリカの選手である。彼のチャレンジは我々に多くのことを教えてくれる。考えてもみてください。水泳に例えるなら、自由形競技で、最速泳法と誰もが認めるクロールではなく、背泳ぎでチャレンジするようなもので、どれほどの勇気と信念が必要だったことか。そして、科学的根拠もなく、指導者にも否定されながら、たった一人、自分の信念だけで結果を出し、世界を変えてしまったことで単純な疑問も生まれる。もし、彼がもう少し器用でベリーロールが習得できていたら?もし、コーチの勧めに従って三段跳びに転向していたら?もし、オリンピックで金メダルが獲れていなかったら? それでも「背面跳び」が今の主流に成り得ただろうか?と。
 不器用だからこそ不便だからこそ発見・発信できることもある。見慣れた景観も見慣れていない人にとっては、とてつもなく美しい景観かもしれない。「フォスベリーチャレンジ」は、自分にとって、改めて物事の見方・考え方を問い直させてくれる絶好の教材となっている。



Let's 森林ウォーク! - 2007/11/14(Wed)  

 『オホーツクで「森」呼吸・Let's 森林ウォーク!』は、オホーツク圏観光連盟が提唱する「森林ウォーク」を普及・定着させるためのキャッチコピー。今年度は「森林ウォーク友の会」も立ち上げ、3回の実験事業を予定。既に7月には真夏の「オホーツクの森」(網走市・北見市)、10月には紅葉の「鹿の子沢」(置戸町)で実施、年明けには、雪が積もった真冬の森を「かんじき」を履いて散策する計画も現在進めている。オホーツクの森林の魅力や特性はこれまでも何度か紹介してきた。全道一の森林面積を有すること、眺望の優れた峠・展望台が多いこと、滝、川、湖沼が多いこと、天然林が多いこと、野生動物や植物の種類が多いことなどである。これだけでも地球規模で見渡すと、とてつもなく貴重なことで、屋久島、白神山地、知床が世界自然遺産に登録されていることからも我が国の森の貴重さが証明されている。その上、しかも、さらに、加えてと、しつこく強調したいのがオホーツクならではの四季の美しさだ。先ほどの条件にこのはっきりとした季節ごとの特色を重ねることで、間違いなく「オホーツクの森」は「世界一美しい森」となるのだ。
 Let's 森林ウォーク!「世界一美しいオホーツクの森林」を一度、じっくり・ゆっくり・まったりと味わってみませんか?



アイデンティティ - 2007/09/25(Tue)  

最近テレビを見ていてとても気になることがある。CMや各種の紹介番組(旅番組、グルメ番組等々)のBGMにやたらと英語の曲が使われていることだ。外国語の曲が使われるのは何も悪いことではないし、日本人は横文字にお洒落感を感じる人が多いこともわかる。ただ、自分が気になっているのは歌入り曲の使い方だ。最近は、よりによって日本文化の象徴でもある京都の紹介番組や寿司・ソバなど純和食の紹介番組などでも使われ始めているからだ。日本人のほとんどは歌詞の意味がわからないので心地よいBGMとして聞き流しているのだろうが、英語圏の人にとって歌詞の意味がわかる分、違和感はないのだろうかとつい考えてしまう。逆を想像すればわかりやすい。たとえばアメリカのテレビで、最もアメリカ的なものの紹介で日本語の歌、あるいはフランスやイタリア語の歌がBGMに使われていたらどうだろう。あえて外国語の歌を使う意味がわからないし、アメリカ人は怒り狂うに違いない。国や地域のアイデンティティはもっと大切にされなければならないと自分は強く思っている。と言いながらこの文章にも外国語がいくつか交じってしまっている。ホント情けない。沖縄には沖縄の歌がやはり似合う。さて、オホーツクを紹介するにはどんな歌(曲)が似合うのだろう。


鮭の「聖なる海」・オホーツク海 - 2007/09/22(Sat)  

 今年もオホーツク海沿岸各地で鮭の遡上が始まった。我々が一般に鮭(サケまたはシャケ)と呼んでいるのは「シロザケ」のことだが、その生態をご存知だろうか?ここで簡単におさらいをしてみよう。シロザケは冬に川の上流で孵化し、5〜6cmくらいになるまで川で過ごす。成長して春になったら一斉に海に出て行き、海に出た後は3〜6年間をそこで過ごした後、秋口になったら一斉に生まれた川に戻っていく。シロザケは一匹につき大体3000から3500個の卵を産むが、成長して無事に戻ってこれるのは2〜3匹といわれる。そして、ようやく上流にまでたどり着くとそこで産卵。産卵後はまるでこの世での役割を終えたかのように数日で絶命するのだが、自然界で無事に一生を終えること自体が非常に厳しいことなのだ。鮭の遡上には、このような自然界の厳しいドラマがあるからこそ、見る者の心を打つのだろう。因みに、日本の川で生まれたシロザケは、全て一旦オホーツク海に集まり、そこで秋まで過ごす。その後は季節に合わせて北太平洋とベーリング海を行ったり来たりしながら成長し、3〜6年たった後再びオホーツク海に戻り、そこからそれぞれ生まれた川に戻っていく。まさしくオホーツク海は鮭にとって「聖なる海」なのだ。



ニポポの街 - 2007/09/12(Wed)  

 昔、多羅尾伴内という七つの顔を持った探偵がいたそうだが、網走市も多くの顔を持っている。一般的には「刑務所の街」や「流氷の街」。少し情報通の人にとっては産業の特色から「捕鯨の街」や「カニ・鮭の街」。景観イメージでは国定公園の中心都市で5つの湖を有していることから「森と湖の街」。考古学に造詣が深い人にとってはオホーツク文化の発見につながったモヨロ貝塚があることから「オホーツク文化の街」というところだろう。実は、さらにもうひとつ「ニポポの街」というユニークな顔を持っているのをご存知だろうか。「ニポポ」は網走の代表的民芸品で、樺太アイヌの小さな木彫り人形をルーツとして昭和29年に創作された。その後、爆発的な人気を得て、市内各所に様々なニポポのモニュメントなどが建てられている。網走川堤防の欄干に337体(網走刑務所横)、橋の支柱に4体(大曲橋)を始め、街灯の笠(網走駅前)、商店街の公園(APT4西3プラザ)、電話ボックス(網走刑務所)、天都山(流氷館前)、監獄博物館(敷地内)、ドライブイン(海鮮市場、オホーツクバザール)など、網走を散策すると至る所でニポポを目にする。網走市のカントリーサインやロードサインも、もちろんニポポ。ここまでくれば網走は紛れもなく「ニポポの街」なのだが、年々関心が薄れているように見えるのは寂しい限りだ。ニポポを単なる土産品ではなく文化として見直すことで、沖縄のシーサーのように堂々とした地域の顔となることを心から願うところだ。ニポポは願いを叶えてくれるという言い伝えもある。一度ゆっくりと「ニポポ巡り」でもしてみたらいかがでしょう?新しい発見とともに何かご利益があるかも。


ガーデニング - 2007/09/10(Mon)  

 ずいぶん前に研修会の講師を頼まれたとき、こんな話をしたことがある。「戦後、日本国民が夢中になったブームを整理すると面白いことに気づきます」と。まず、お父さんがはまったのは「ゴルフ」。次に子供から大人まで夢中になったのが「(TV)ゲーム」。そして社会悪ともいわれながらいまだに根強いファンが多い、パチンコに代表される「ギャンブル」。TVや本の情報量の多さと女性のみならず男性も大きな関心を寄せる「グルメ」。最後に、家庭から町内会、企業、商店街、町全体と着実に広がりを見せている「ガーデニング」。つまり、戦後わが国の大衆がはまったブームは「ガ・ギ・グ・ゲ・ゴ」で整理されるという話なのだが、いかがでしょう?ただ、当時ガーデニングブームは北海道ではまだ始まったばかりで、話をした自分ですらかじり始めの初心者。話が終わった後に係の職員が、「ガーデニングって何ですか?」と真顔で訊きにきたぐらいだった。それでも、北海道こそガーデニングに最適との確信と発展性に期待し、上述の語呂合わせもあってあえて紹介した。あれから十数年、その後は自分の予想をはるかに上回る勢いで広がり、今では公園や道路、畑、商店街や橋の欄干まで花であふれるようになり、「ガーデニング」はそのまま日本語になった。町が美しくなるだけでなく、住む人の心の美しさや優しさも感じられるのが「ガーデニング」。因みに「オホーツクでガーデニングが盛んな町は?」と問われれば自分の知る範囲で清里町、置戸町、訓子府町を推薦したい。寒くなる前に是非お立ち寄り下さい。


オホーツクの「誰もいない海」 - 2007/09/03(Mon)  

 「誰もいない海」という歌をご存知だろうか。ずいぶん前にヒットした曲で、詞は山口洋子さんが書いている。自分もこの歌が好きで、秋になると必ず思い出す曲のひとつ。特にオホーツクの海岸はこの歌のイメージにピッタリだとずっと思っている。ただ、最近自分の中でこの歌の詩の意味や状況設定がよくわからなくなってきている。「今はもう秋 誰もいない海・・・」と続く歌詞なのだが、当時は何の疑いもなく失恋ソングだと思い込んでいて「夏には愛する彼とこの海で一緒にいたのに、今はもういない」という歌だと理解していた。最後の行の「つらくても 死にはしない」という、今から考えるとかなり重い詩も、それほど激しい恋だったのだろうと勝手に許容範囲にしていた。最近改めて詩を読み返す機会があり、実はもっと深く重い意味だったのではと今頃になって考え出している。もしかしたら海難事故で大切な人を亡くした遺族や恋人の決意なのか。そもそも海に関係がないところで深い悲しみを背負わされ、傷心の旅の果てに行き着いた海で立ち直りを誓っているのか。あるいは特にストーリーは無く、深い心の傷を癒すのは秋の海がピッタリという作者のイメージを広げたものなのか。昔から名作といわれる作品は詩でも絵画でも映画でも、読む人、見る人によって解釈が異なるということはよくある話。作者もあえてファジーさを残し「自由に解釈してください」などともったいぶる。もっとも、ただの読解力不足からくる考え過ぎということもあるので偉そうに語れない自分がいる。
 それにしてもこの歌が約40年前の1968年の作品ということでビックリ。月日の経つのは本当に早いものです。



世界遺産と観光 - 2007/08/31(Fri)  

世界遺産登録3年目を迎えた知床観光の落ち込みが、オホーツク圏全体の集客にも影を落とし、最近では「遺産効果は終わった」などと報道されるようになってきた。そもそも世界遺産とは「地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から引き継がれた貴重な宝物で、国際協力を通じた保護のもと、国境を越え今日に生きる世界のすべての人びとが共有し、次の世代に受け継いでいくべきもの」とされている。つまり、登録の目的は文化財や自然環境の保護にあるのであって観光目的ではないのだが、地球規模での貴重性や希少性が証明されたということが多くの客を惹きつけるのだろう。ただ、問題はその希少性だ。2007年7月現在、世界遺産の総数は851もあり、我が国でも本年6月、島根県の石見銀山が登録されたことで14になり、加えて暫定リストに記載された場所が8ヶ所、さらに暫定リスト入りを目指している場所が20ヶ所あり継続審議となっているという現状である。いくら数が多くても貴重なものは貴重なのだが、希少だから貴重ということも大きいとすれば、旅行者にとっては確実に“有難味”が薄れていくのだろう。だとしても知床の大自然は地球の宝であり、地域の誇りであることに変わりはない。逆に今だからこそ原点をもう一度見直し、世界自然遺産登録地にふさわしいオホーツクならではの考え方を発信し、将来につながる本物観光への取り組みが必要なのだろう。


ライブカメラ - 2007/08/04(Sat)  

 インターネットが便利なことはいまさら言うまでも無いが、特にライブカメラ映像を見るときにそのことを痛感する。なんといっても、家に居ながら世界中の今の映像を見ることが出来るのだから、改めて情報技術の進歩に感心してしまう。オホーツク各地の今の映像も、様々なホームページのライブカメラで楽しむことが出来るようになってきた。道路や峠の状況も見られ、天候や渋滞状況の確認など、交通安全上欠かせないものもある。連盟ホームページでもいくつかリンクをさせていただいているが、自分は津別峠頂上からのライブカメラが結構気に入っている。標高947mからの眺望は晴れた日には眼下に屈斜路湖の絶景を見ることが出来るのだが、曇っていても、頂上では美しい雲海風景をたまに見せてくれるからだ。ただ、オホーツクの峠の天候は変わりやすく、実際に行ってみたら1時間前のライブ映像と全く違ったなんてこともあるのであまり信じすぎるのも禁物です。


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