イトムカの水銀処理工場(北見市留辺蘂町)

 昭和11年に水銀鉱床が発見され、翌々年に鉱山が開発されてから、東洋一の水銀鉱山として発展を遂げ、最盛期には、あの石北峠のふもとに住民のための小・中学校が建てられたそうです。しかし、昭和40年代には、各種の公害問題や生産効率の低下などで、水銀採掘をとりやめ、水銀含有廃棄物の処理工場として、再スタートしました。過去の苦い経験のおかげで水銀公害の防除については国内最高の技術を有していたため、全国各地から乾電池再処理を依頼され、イトムカは再び脚光を浴びようとしています。