東洋一だった鴻之舞金山(紋別市)

 大正初期、川に流れ出る砂金に目をつけた山師たちによって発見された金鉱で、大正5年に8名の匿名組合で操業を開始、翌年には当時の住友財閥が買収、本格的な採掘にのりだしました。その後、順調な採掘が進み東洋一の金鉱になったが、金価格や採算性の問題から、昭和48年ついに閉山し、60年の歴史に幕を閉じました。最盛期の昭和17年頃には、1万3千人の住民がおり、紋別市街より人が多かったそうです。