道道紋別-丸瀬布間にある鴻之舞は、大正5年に金鉱が発見され、大正6年に住友が買取り本格的な開発に取りかかり、戦前から戦後にかけて東洋一の富鉱金山として栄えました。1954年には史上最高の産金量を記録しましたが、その後一転して金のの品位が低下し採鉱量は減少、鉱害問題や1971年の集中豪雨被害も痛手となって1973年に閉山となりました。 閉山までの総生産量は 金 72.6トン、銀 1,234トンに達しており、一つの鉱山としては、日本最大のものでした。かつては、1万人以上の住民で賑いを見せていましたが、閉山とともにゴーストタウン化し、今では、原野や森林の中で朽ち果てた建造物が、かろうじて生活の跡を留めています。近年、大正から戦後にかけて使用された「上藻別駅逓」の地元有志による保存活動が注目されるとともに、団塊の世代と呼ばれる方たちを含めて、在りし日の鴻之舞を懐かしむ動きが活発化してきました。
また、21年度には、丸瀬布からの交通の難所でもあった金八峠を抜ける「金八トンネル」の開通(7月)や現在建設中の「道立流氷公園」の一部供用が予定(11月)されていることもあり、遠軽・紋別地域の新たな観光資源として、その有効活用の可能性について検討する現地視察を行うこととなりました。
今般、オホーツク圏観光連盟と網走土木現業所の連携で関係団体に呼びかけたところ、網走支庁、紋別市、紋別観光協会、えんがる町観光協会、滝上町観光協会から24名の参加申し込みがあり、早速、10月15日13時から現地視察調査を実施しました。(2008年10月) |